はじめに
この記事と(後半)の記事の2つの記事で、今後発売される、革新的な統合失調症薬についてまとめます。現状のまとめ記事のようなものを書きます。
まず、この記事では、ムスカリン作動薬と呼ばれる種類の新薬について書きます。
(後半)の記事へのリンクはこちら。
【革新的】開発中の抗精神病薬まとめ(後半)/ウロタロントなど【初心者用記事】
非定型抗精神病薬
現在、統合失調症患者に一番多く使われているのは、非定型抗精神病薬です。非定型抗精神病薬の問題点として、次のようなものがあります。
- 陰性症状や認知機能障害への効果が十分でない。
- 体重増加がある。
- 錐体外路症状がある。
- 20%~30%位の患者については、陽性症状を抑えられない。
ムスカリン作動薬(ムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬)
非定型抗精神病薬は、基本的にドーパミン遮断薬です。脳内のドーパミン性の活動を遮断する事によって、病気を治療します。ドーパミンの直接遮断は、様々な副作用につながります。
非定型抗精神病薬の持つ問題を解決し得る統合失調症薬として、ムスカリン作動薬が開発されています。ムスカリン作動薬は、略さないで言うと、ムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬と言います。
ムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬は、アセチルコリン受容体に結合し、脳内のアセチルコリン系の活動を作動させます。それによって、間接的に、脳内のドーパミン性の活動を減弱させて、病気を治療します。
ムスカリン作動薬は、ドーパミンに直接作用するのではなく間接的に作用する事で、非定型抗精神病薬の持つ、様々な問題を解決したり、減らしたりできるかもしれません。
KarXT、コベンフィ(M1/M4作動薬)
ムスカリン作動薬の中で、2024年にも米国で発売される薬に、KarXT(カーエックスティ)があります。KarXTは、M1/M4作動薬とも呼ばれます。
KarXTは、脳内にあるムスカリン性アセチルコリン受容体のうち、M1サブタイプとM4サブタイプを作動させます。ですので、M1/M4作動薬と呼ばれます。
KarXTは、今までの治験で、3回、オランザピンに勝る有効性を示しています。オランザピン自体、有効性の面では、とても優れた薬です。それ以上の効き目を示しているのは、注目すべきことだと思います。
KarXTの治験では、体重増加や錐体外路症状は、プラセボと同程度しか起こりませんでした。ほとんど無いと言ってもいいのではないでしょうか。
また、フェーズ2の治験後に「事後分析」が行われ、KarXTの認知機能障害への改善効果が示されました。認知機能が低下している患者には、効果を発揮するようです。
KarXT含め、ムスカリン作動薬の認知機能への効果が、期待されます。
けれど、副作用として、吐き気、消化不良、嘔吐、便秘、下痢、などの消化器系の副作用が、懸念されています。
2024.7.13追記:DelveInsightというサイトの分析によると、日本発売は2026年の可能性があるらしいです。
2024.9.27追記:KarXTは、2024年9月にFDAに承認されました。コベンフィという商品名です。2024年中に米国で発売されます。
KarXTは、オランザピンより有効性が高く、体重増加や錐体外路症状がほとんどなく、認知機能障害を改善する効果がある、可能性があります。
KarXTについての詳しい記事はこちらです。
「KarXT」の概要/オランザピンに勝る効き目/体重増加や錐体外路症状が少ない
【フェーズ2試験/EMERGENT-1】「KarXT」オランザピンに勝る有効性を示す(1回目)
【フェーズ3試験/EMERGENT-2】「KarXT」オランザピンに勝る有効性を示す(2回目)
【フェーズ3試験/EMERGENT-3】「KarXT」オランザピンに勝る有効性を示す(3回目)
2026年日本発売予測「KarXT」の長期有効性は高い/長期投与試験結果/EMERGENT-4
KarXTについてのまとめ記事はこちらです。
【2026年日本発売予測】KarXT(Cobenfy)の5つのメリット【初心者用まとめ記事】
エムラクリジン(M4アロステリック作動薬)
ムスカリン作動薬には、KarXTの他に、エムラクリジンがあります。エムラクリジンは、M4アロステリック作動薬とも、呼ばれます。
(アロステリック作動薬については、記事一番下参照。)
エムラクリジンは、KarXTと違って、治験において、消化器系の副作用が、あまり見られませんでした。
消化器系の副作用でKarXTがダメな人は、もしかしたら、エムラクリジンの方がいいかもしれません。
治験での有効性も、今の所、KarXTに匹敵する位の成績が出ています。ムスカリン作動薬は、総じて有効性が高い、可能性が高まりました。エムラクリジンにも期待したいです。
現在、米国で、フェーズ2試験が行われていて、2024年上半期に、フェーズ2のデータが公表されるようです。結果が出たら、当ブログでも報告したいです。
エムラクリジンは、KarXTと同等の有効性があり、KarXTで懸念されている消化器系の副作用があまりない、可能性があります。
エムラクリジンについての詳しい記事はこちらです。
【フェーズ1b試験】「エムラクリジン」KarXT並の有効性示す/消化器系副作用が軽い
エムラクリジン/フェーズ2試験失敗/ムスカリン系薬剤は有効性が高くない?
NBI-1117568(M4作動薬)
日本に、ネクセラファーマという創薬バイオベンチャーがあります。ネクセラが開発に関わっているムスカリン作動薬に、NBI-1117568という薬があります。
NBI-1117568は、脳内のムスカリン性アセチルコリン受容体のうち、M4サブタイプを作動させます。そのため、M4作動薬とも呼ばれます。
ネクセラによると、NBI-1117568は、KarXTともエムラクリジンとも異なった、特異性の高い薬になるそうです。
NBI-1117568は、有効性や副作用について、KarXTやエムラクリジンより、優位性があるという主張もしています。
現在、米国で、フェーズ2試験が行われていて、2024年にフェーズ2が完了するらしいです。
ネクセラによると、NBI-1117568は、KarXTやエムラクリジンとも、また違った薬らしいです。有効性や副作用の点で、それらに勝る可能性もあるそうです。
NBI-1117568についての詳しい記事はこちらです。
「NBI-1117568」ネクセラのM4作動薬/特異性のある注目のムスカリン作動薬
ネクセラのM4作動薬「NBI-1117568」はKarXTやエムラクリジンに勝るか
【フェーズ2試験成功】「NBI-1117568」結果データの詳しい分析/オランザピンに勝る有効性
ML-007(M1/M4作動薬)
ML-007は、KarXTと同じM1/M4作動薬です。実は、認知機能障害への効果については、M4作動薬よりM1作動薬の方がある、というような事も言われています。
(陽性症状への効果は、M4作動薬の方が強いと言われている。)
KarXTやML-007は、M4作動薬に加えて、M1作動薬としての作用もあります。ですので、認知機能への効果が、より高い可能性があります。ML-007についても注目したいです。
ML-007については、あまり情報が出てこなかったのですが、2022年8月にフェーズ1が完了しているらしいです。
ML-007は、KarXTと同じM1/M4作動薬なので、認知機能改善効果に期待したいです。
ANAVEX3-71(M1作動薬&シグマ1作動薬)
最後に、M1作動薬であり、シグマ1受容体作動薬でもある、ANAVEX3-71について書きます。
ANAVEX3-71は、シグマ1受容体を作動させる所が、他のムスカリン作動薬と違っています。
シグマ1受容体を作動させる事によって、身体のホメオスタシスや、脳の神経可塑性(かそせい)を、回復させる事ができるそうです。脳の炎症を防止する効果もあるそうです。
動物実験では、認知機能低下を防止する効果が見られています。
統合失調症への適応へ向けては、2023年5月時点で、米国で、フェーズ2試験の段階にあります。
ANAVEX3-71は、シグマ1受容体にも作用します。この薬も、また違った薬になるかもしれません。
コメント
繰り返しますが、ムスカリン作動薬は、
- 陰性症状や認知機能障害に、有効な可能性があります。
- 体重増加や錐体外路症状が、ほとんどない可能性があります。
- 治療抵抗性の統合失調症に効く可能性があります。
- オランザピンに有効性において勝る可能性があります。
非定型抗精神病薬は、特に、体重増加の副作用によって、統合失調症患者の寿命を縮めているのではないでしょうか。
ムスカリン作動薬は、体重増加が起こりにくいという事も含めて、多くの統合失調症患者の助けになる可能性があります。日本でも早くKarXTなどの治験を始めて欲しいです。
海外で発売後には、使用者の感想なども報告したいです。参考にしてもらえたら幸いです。
ところで、ムスカリン作動薬は、非定型抗精神病薬やTAAR1作動薬(ウロタロント)との、併用をするのがいいのではないかと、個人的に思っています。
これらの薬は、作用機序がだいぶ異なります。作用機序が異なる薬は、併用療法に向いていると聞きました。併用によって、有効性の増強や、副作用の軽減などができるのではないでしょうか。
KarXTは既存薬の補助薬としての適応も目指されています。今後も、併用療法についての情報にも注目していきます。
この記事の下部に「付記」として、前臨床試験中のムスカリン作動薬の情報を載(の)せました。要望があったので付け加えました。興味があれば、見てみて下さい。
関連記事についてはこちらです。
【革新的】開発中の抗精神病薬まとめ(後半)/ウロタロントなど【初心者用記事】
【2026年日本発売予測】KarXT(Cobenfy)の5つのメリット【初心者用まとめ記事】
「KarXT」の概要/オランザピンに勝る効き目/体重増加や錐体外路症状が少ない
【フェーズ2試験/EMERGENT-1】「KarXT」オランザピンに勝る有効性を示す(1回目)
【フェーズ3試験/EMERGENT-2】「KarXT」オランザピンに勝る有効性を示す(2回目)
【フェーズ3試験/EMERGENT-3】「KarXT」オランザピンに勝る有効性を示す(3回目)
2026年日本発売予測「KarXT」の長期有効性は高い/長期投与試験結果/EMERGENT-4
【フェーズ1b試験】「エムラクリジン」KarXT並の有効性示す/消化器系副作用が軽い
エムラクリジン/フェーズ2試験失敗/ムスカリン系薬剤は有効性が高くない?
「NBI-1117568」ネクセラのM4作動薬/特異性のある注目のムスカリン作動薬
ネクセラのM4作動薬「NBI-1117568」はKarXTやエムラクリジンに勝るか
【フェーズ2試験成功】「NBI-1117568」結果データの詳しい分析/オランザピンに勝る有効性
付記:前臨床のムスカリン作動薬
この付記では、主に前臨床試験(動物実験)の段階にある、ムスカリン作動薬について書きます。できるだけ調べましたが、網羅はしていないと思います。
まず、日本の住友ファーマが、M4作動薬とM1/M4作動薬を、開発しているそうです。開発しているという事以外は、わかりませんでした。
米国で、アデックス・セラピューティクスが、M4アロステリック作動薬を、開発しています。臨床試験を行うためのいくつかの候補があり、2023年内に、どれにするかの選定作業を開始するそうです。
ここまでの3つは、たぶん統合失調症向けの薬です。以下は、統失向けと、はっきり言われていない薬です。認知症などへの適応が多いと思います。統失の症状への適応拡大もあるかもしれません。
まず、武田薬品が開発している、M1アロステリック作動薬があります。TAK-071という開発コード名です。動物実験で、認知機能の改善効果が見られました。
TAK-071は、他の抗精神病薬と併用された時に、陰性症状や認知機能障害を改善できないか、も研究されています。
オランザピンやセロクエルなどは、ムスカリン性アセチルコリン受容体を遮断(阻害)する作用があります。その作用によって、認知機能に悪影響が出る可能性があります。
TAK-071などのM1アロステリック作動薬は、その作用を逆転できる可能性があります。
もしかしたら、TAK-071だけでなく、他のムスカリン作動薬との併用によっても、オランザピンやセロクエル服用者の認知機能を改善できるかもしれません。
TAK-071は、認知症への適応については、開発継続しているかはわかりません。2023年2月に米国で、パーキンソン病への適応に向けてのフェーズ2試験が、完了したらしいです。
米国で、ニューロクライン社が、NBI-1117570という、M1/M4作動薬を開発しています。フェーズ1の段階です。
また、ニューロクライン社は、NBI-1117569というM4-preferring作動薬と、NBI-1117567というM1-preferring作動薬という薬も開発しています。両方、フェーズ1の段階です。
日本のネクセラが、M1作動薬を開発しています。前臨床の段階ですが、詳細についてはわかりません。
米国のヴァンダービルト大学が、VU319と呼ばれるM1アロステリック作動薬を開発しています。ヒトへの単回投与試験では、認知機能改善の徴候が見られたそうです。今後、反復投与試験を行う予定です。
開発社 | 開発コード名 | 作用機序 | 開発段階 |
住友ファーマ | 不明 | M1/M4作動薬 | 不明 |
住友ファーマ | 不明 | M4作動薬 | 不明 |
アデックス・セラピューティクス | 不明 | M4アロステリック作動薬 | フェーズ1手前(統失) |
武田薬品 | TAK-071 | M1アロステリック作動薬 | フェーズ2完了(パーキンソン病) |
ニューロクライン | NBI-1117570 | M1/M4作動薬 | フェーズ1 |
ニューロクライン | NBI-1117569 | M4-preferring作動薬 | フェーズ1 |
ニューロクライン | NBI-1117567 | M1-preferring作動薬 | フェーズ1 |
ネクセラファーマ | 不明 | M1作動薬 | 前臨床 |
ヴァンダービルト大学 | VU319 | M1アロステリック作動薬 | 臨床 |
※「アロステリック作動薬」について
M4作動薬の場合、ムスカリン性アセチルコリン受容体M4サブタイプに、直接結合して、脳内のアセチルコリン性の活動を作動させます。
一方、M4アロステリック作動薬は、ムスカリン性アセチルコリン受容体M4サブタイプの、アロステリック部位という所に結合します。
それにより、ムスカリン性アセチルコリン受容体の感受性を高める形で、間接的に、脳内のアセチルコリン性の活動を作動させます。
参考文献
- https://www.anavex.com/therapeutic-candidates
- https://adisinsight.springer.com/drugs/800059231
- https://www.anavex.com/post/anavex-announces-long-lasting-effect-of-anavex-3-71-preventing-cognitive-decline-in-a-transgenic-rat
- https://www.globenewswire.com/en/news-release/2022/08/09/2494694/29248/en/Anavex-Life-Sciences-Provides-Business-Update-and-Reports-Fiscal-2022-Third-Quarter-Financial-Results.html
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6461781/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34509568/
- https://adisinsight.springer.com/drugs/800045374
- https://soseiheptares.com/uploads/Presentation%20and%20Webcast/2023/Corporate%20Presentation_JP.pdf
- http://soseiheptares.blogspot.com/2023/01/
- https://news.vanderbilt.edu/2020/07/23/committed-to-memory-vu319-may-hold-the-key-to-improving-memory-loss-in-alzheimers-patients/
- https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/alz.045359
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36273943/
- https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fncel.2023.1124333/full
- https://www.mdpi.com/2227-9059/10/2/398
- https://www.nature.com/articles/s41398-023-02400-x
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