エムラクリジン/フェーズ2試験失敗/ムスカリン系薬剤は有効性が高くない?

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はじめに

エムラクリジンのフェーズ2試験の結果が出ました。エムラクリジンは、ムスカリン受容体に作用する抗精神病薬です。

エンパワー1試験とエンパワー2試験という2つのフェーズ2試験が行われました。2つの試験とも有効性を示せず、失敗に終わりました。

当ブログでは、ムスカリン系薬剤は、概して有効性が高いと言ってきましたが、それもわからなくなってきました。

他のムスカリン系薬剤のコベンフィは、常に有効性が高い結果が出ています。エムラクリジンとNBI-1117568は、有効性が高いか低いかは、まだわかりません。

この記事では、まずエムラクリジンの有効性が、今回どれだけ低かったか見てみます。失敗した治験について書くので、あまり面白くないかもしれません。

その後、なぜ有効性が低く出たのか、少しだけ考えてみたいと思います。

とりあえず、今回の治験で公表されている結果データを下の表に示します。今回の試験では、エムラクリジンが6週間投与されました。

<エンパワー1試験>プラセボ薬エムラクリジン10mgエムラクリジン30mg
薬投与前の
PANSSスコア
98.397.697.9
薬投与による
スコア平均減少幅
-13.5-14.7-16.5
<エンパワー2試験>プラセボ薬エムラクリジン15mgエムラクリジン30mg
薬投与前の
PANSSスコア
97.498.097.2
薬投与による
スコア平均減少幅
-16.1-18.5-14.2

PANSS(パンス)スコアについては、下のリンク先の記事を参照してください。

「PANSS」陽性陰性症状評価尺度/抗精神病薬の有効性測定に使われる尺度

*PANSSのスコアは、点数が高い程、統合失調症の重症度が重いです。治験薬の投与によって、どれ位スコア減少させられるかで、治験薬の有効性が測定されます。

エムラクリジン投与による「スコア平均減少幅」

まず、有効性の目安の1つである「PANSSスコアの平均減少幅」を見てみます。

下の表に、他の抗精神病薬の「スコア平均減少幅」を載せました。加えて、エムラクリジンのエンパワー1試験とエンパワー2試験での「スコア平均減少幅」も載せました。

もちろん、スコアの減少幅が大きい程、有効性が高いと評価されます。

治験薬投与期間治験段階治験薬のスコア
平均減少幅
ブリラロキサジン4週間フェーズ3試験-23.9
KarXT5週間フェーズ3①-21.2
KarXT5週間フェーズ3②-20.6
ウロタロント6週間フェーズ3①-19.6
エムラクリジン6週間フェーズ1b-19.5
ラツーダ6週間フェーズ3②-19.3
エムラクリジン
15mg
6週間フェーズ2
(エンパワー②)
-18.5
NBI-11175686週間フェーズ2-18.2
ウロタロント6週間フェーズ3②-18.1
ラツーダ6週間フェーズ3①-17.9
KarXT5週間フェーズ2-17.4
ウロタロント4週間フェーズ2-17.2
エムラクリジン
30mg
6週間フェーズ2
(エンパワー①)
-16.5
エムラクリジン
10mg
6週間フェーズ2
(エンパワー①)
-14.7
ルマテペロン4週間フェーズ3-14.5
エムラクリジン
30mg
6週間フェーズ2
(エンパワー②)
-14.2

エムラクリジンは、15mg投与された時、-18.5点のスコア減少でした。これは平均的な有効性を示しています。

けれど、他の投与量(10mgと30mg)では、十分な有効性があるとは言えないスコア減少幅でした。ルマテペロンと同等か、少し高いくらいです。下位のレベルです。

エムラクリジンのフェーズ2試験では、PANSSのスコア平均減少幅は、だいたい下位レベルでした。けれど、一応、15mg投与では、平均的なスコアの減少はありました。

有効性の目安の1つである「スコア平均減少幅」で見た場合、3敗1分け程度の結果だったと言ってもいいかもしれません。

「プラセボとの差」

抗精神病薬の有効性の目安として、「プラセボとの差」も参考にする事ができます。治験が成功か失敗かは、治験薬の「スコア平均減少幅」ではなく、「プラセボとの差」の方がより直接に関わります。

「プラセボとの差」は次のような式で計算できます。

例えば、エンパワー1試験では、エムラクリジン10mg投与でスコア平均-14.7減少させました。

一方、プラセボ薬は、スコア平均-13.5減少させました。なので、「プラセボとの差」は、-1.2です。

同じくエンパワー1試験で、エムラクリジン30mg投与でスコア平均-16.5減少させました。

プラセボ薬は、スコア平均-13.5減少させました。なので、「プラセボとの差」は、-3.0です。

同様に、エンパワー2試験では、エムラクリジン15mg投与時の「プラセボとの差」は、-2.4でした。

同じくエンパワー2試験で、エムラクリジン30mg投与時の「プラセボとの差」は、+1.9でした。

(+になっているという事は、エムラクリジン投与よりプラセボ投与の方が、スコア減少が大きくなっています。)

一般的には「プラセボとの差」を「標準偏差」で割り算をして算出できる「効果量」が、有効性の目安として、より参考にされます。

けれど、今回は「標準偏差」も「効果量」も公表されていないので、「プラセボとの差」で有効性の度合いを見てみます。

下の表では、他の抗精神病薬の「プラセボとの差」が示してあります。加えて、エンパワー1試験とエンパワー2試験での「プラセボとの差」も載せています。

もちろん、「プラセボとの差」は、大きい程、有効性が高いと評価されます。

治験薬治験段階プラセボとの差
エムラクリジンフェーズ1b-12.7
KarXTフェーズ2-11.6
ブリラロキサジンフェーズ3-10.1
KarXTフェーズ3①-9.6
KarXTフェーズ3②-8.4
NBI-1117568フェーズ2-7.5
ウロタロントフェーズ2-7.5
ラツーダフェーズ3②-6.6
ラツーダフェーズ3①-4.8
ルマテペロンフェーズ3-4.2
ウロタロントフェーズ3②-3.8
エムラクリジン30mgフェーズ2
(エンパワー①)
-3.0
エムラクリジン15mgフェーズ2
(エンパワー②)
-2.4
エムラクリジン10mgフェーズ2
(エンパワー①)
-1.2
ウロタロントフェーズ3①-0.3
エムラクリジン30mgフェーズ2
(エンパワー②)
+1.9

エムラクリジンの「プラセボとの差」は、いずれも下位のレベルです。全ての投与量でルマテペロンよりも小さい「プラセボとの差」になっています。

ウロタロントのフェーズ3試験の結果と、かぶっています。

エムラクリジンは「プラセボとの差」がかなり小さかったです。そのため、「有効性は示されなかった」となり、今回の治験は失敗しました。

プラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」

「プラセボとの差」が小さくなるのは、治験薬の「スコア平均減少幅」が小さい時に加えて、プラセボ薬の「スコア平均減少幅」が大きい時です。

当たり前の事を言っているかもしれませんが、下の計算式を示しておきます。これを見てもらえば明らかです。

先程、今回の試験では、エムラクリジンの「スコア平均減少幅」は、(3敗1分けで)小さかったと言いました。それに加えて、今回のプラセボ薬の「スコア平均減少幅」はかなり大きかったです。

そのため、有効性の目安の1つである「プラセボとの差」は、先程示したようにかなり小さくなりました。

下の表に、他の抗精神病薬の治験でのプラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」を載せました。加えて、エムラクリジンのフェーズ2試験でのプラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」を載せました。

治験薬投与期間治験段階プラセボ薬のスコア平均減少幅(プラセボ反応)
ウロタロント6週間フェーズ3①-19.3
エムラクリジン6週間フェーズ2
(エンパワー②)
-16.1
ウロタロント6週間フェーズ3②-14.3
ブリラロキサジン4週間フェーズ3-13.8
エムラクリジン6週間フェーズ2
(エンパワー①)
-13.5
ラツーダ6週間フェーズ3①-13.1
ラツーダ6週間フェーズ3②-12.7
KarXT5週間フェーズ3②-12.2
KarXT5週間フェーズ3①-11.6
NBI-11175686週間フェーズ2-10.8
ルマテペロン4週間フェーズ3-10.3
ウロタロント4週間フェーズ2-9.7
エムラクリジン6週間フェーズ1b-6.77
KarXT5週間フェーズ2-5.9

エムラクリジンのフェーズ2試験でのプラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」は、-16.1-13.5となっています。平均よりかなり大きいです。

今回の治験では、プラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」がかなり大きかったので、「プラセボとの差」が小さくなり、治験に失敗しました。治験に失敗した一番の原因は、プラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」が大き過ぎた事です。

有効性の度合いについてのまとめ

  • エムラクリジン投与による「スコア平均減少幅」は、小さかった。(15mg投与だけ平均的だった。)
  • プラセボ薬投与による「スコア平均減少幅」は、かなり大きかった。(治験失敗の一番の原因になった。)
  • 以上の事により、「プラセボとの差」は小さくなり治験は失敗した。

なぜ今回有効性が低くなったか

今回エムラクリジンの有効性が低く出たのは、次の①~④の4つの事が原因である可能性があります。

①エムラクリジンは、M4受容体に直接作用する薬でなく、M4受容体の感受性を高めるだけの薬であるため。(要するに、M4受容体作動薬ではなく、M4アロステリック作動薬であったため。)

(上の図では、M4アロステリック作動薬であるエムラクリジンが、M4受容体アロステリック部位に結合しています。それによって、アセチルコリンM4受容体に結合するのを促進しています(アロステリック促進)。M4受容体作動薬の場合、アセチルコリンが結合している部位に直接結合します。結合を促進するだけでなく、直接結合しないと受容体の活性化が足りなくなる可能性があります。)

②エムラクリジンは、M1受容体には作用せず、M4受容体にしか作用しないため。(コベンフィのようにM1/M4受容体作動薬ではなく、M4アロステリック作動薬でしかないため。)

③試験デザイン(試験の設計)の仕方がまずかったため。

④不明の原因

①②M4アロステリック作動薬は効かない?

①や②が原因である可能性もあります。それらについては、他の所で書かれているので詳しい話は省略します。

今後、ML-007(M1/M4作動薬)、ANAVEX3-71(M1作動薬)、ネクセラ社やニューロクライン社が開発しているM1作動薬M1/M4作動薬、などの臨床試験の結果が出ると思うので、よく見ていきたいです。

加えて、アデックス・セラピューティクスが、アッヴィ社とは別のM4アロステリック作動薬を開発しています。

エムラクリジンなどのM4アロステリック作動薬では、有効性が足りないのかもしれません。今後の他のムスカリン系薬剤の試験結果に注目して、その辺りを見極めていきたいです。

③試験デザインの仕方がまずい

試験デザイン(試験の設計)の仕方がまずかったために、「プラセボ薬投与によるスコア平均減少幅」が大きくなり、有効性の数値が小さくなった可能性もあります。

治験を実施した施設の数は、フェーズ1b試験の時に施設でした。けれど、今回のフェーズ2試験では、30近くになっています。患者が多国籍になりました。

しかも、対面ではなく、オンラインの面接で病気の重症度が測定されました。なかなか正確に測定するのが困難だったかもしれません。プラセボ薬を投与した患者の改善幅が大きくなる原因になった可能性があります。

エムラクリジンの開発元のアッヴィ社は、フェーズ2試験で出たデータを精査して、今後の方針を決めるそうです。

もしかしたら、フェーズ2試験は飛ばして、試験デザインをちゃんとした形でのフェーズ3試験に、一気に進む可能性があります。そういう事も一応は可能だそうです。

けれど、そもそも、開発中止になる可能性もあります。今後、エムラクリジンの開発動向に注目していきたいです。

今回、治験のやり方が悪かったと言われています。ちゃんとやれば、有効性も高く出るかもしれません。患者側からすれば、フェーズ3試験に一気に進んで、良い結果を出してもらいたいところかもしれません。

④不明の原因

不明の原因で「プラセボ薬投与によるスコア平均減少幅」が大きくなり、有効性が低く出た可能性があります。

他の開発中の抗精神病薬のウロタロントも-19.3という、高い「プラセボ薬投与による改善幅」が出たりしています。原因はまだわかっていないと思います。

ある研究調査では、患者の滅裂思考が重度だと、「プラセボ薬投与による改善幅」が大きくなるという結果もあります。

あるいは、不明の要素が「プラセボ薬投与による改善幅」を大きくしているかもしれません。

最近になる程、「プラセボ薬投与による改善幅」が大きくなってるので、プラセボ反応を予測し、制御する試験のやり方も開発されて欲しいです。

今のままではプラセボのせいで、理不尽に薬が発売されないなども起こり得ます。プラセボ反応について研究が進んでもらいたいです。

今回、「プラセボ薬投与によるスコア平均減少幅」が大きかったのは、今はまだ解明されていない事が原因になっているかもしれません。

有効性が低くなった原因のまとめ

  • M4アロステリック作動薬有効性が足りないかもしれない。
  • 試験デザインの仕方がまずかった
  • 不明の原因

コメント

コベンフィは、消化器系の副作用が心配です。コベンフィがダメな患者もいると思います。なので、エムラクリジンにも期待していました。今回の治験の失敗は残念です。

コベンフィについては、米国で発売されたばかりでまだわかりませんが、今のところ評判はいいです。

1,2週間の服用時点で、副作用も、それ程酷いと言っている人はいません。頭がクリアーになったとか、記憶力が良くなったと言っている人もいます。

コベンフィが発売されたのは良かったです。NBI-1117568も、頑張って発売まで至って欲しいです。

エムラクリジンについては残念でしたが、ムスカリン系薬剤は、認知機能などへの効果は思ったよりも良さそうです。期待して待ちたいです。

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