はじめに
KarXT(Cobenfy)の2番目のフェーズ3試験の結果が出たので、いろいろと考えてみる。この試験は、EMERGENT-3(エマージェント3)と呼ばれている。
「エマージェント1」について書いた記事へのリンクはこちら。
【フェーズ2試験/EMERGENT-1】KarXT、オランザピンに勝る有効性を示す(1回目)
「エマージェント2」について書いた記事へのリンクはこちら。
【フェーズ3試験/EMERGENT-2】KarXT、オランザピンに勝る有効性を示す(2回目)
ムスカリン作動薬全体についてまとめた記事もあります。
【革新的】開発中の抗精神病薬まとめ(前半)/ムスカリン作動薬【初心者用記事】
KarXTについてのまとめ記事はこちらです。
【2026年日本発売予測】KarXT(Cobenfy)の5つのメリット【初心者用まとめ記事】
追記:コベンフィについてまとめた記事を作りました。
効果量
エマージェント3の結果データがいくつか公表された。その中で、当ブログが一番重要視しているのは、「効果量」になっている。「効果量」が高い程、 その薬の有効性は高い。
エマージェント3試験では、KarXTの「効果量」は0.60と出た。
この値は、KarXTのフェーズ2試験(エマージェント1)の「効果量」0.75よりは低いが、KarXTの一番目のフェーズ3試験(エマージェント2)の時の「効果量」0.61と同程度になっている。
他の抗精神病薬の「効果量」が、「メタ分析」というもので計算されている。メタ分析は、何百という臨床試験の結果を統合したもので、個別の臨床試験の結果よりエビデンスとして高い。
下の表では、2019年にマクシミリアン・ハーンらによって行われたメタ分析の結果を示す。
PANSS合計 | 効果量 | ||||||
クロザピン | 0.89 | ドグマチール | 0.48 | シクレスト | 0.39 | ||
ソリアン | 0.73 | クロルプロマジン | 0.44 | ラツーダ | 0.36 | ||
オランザピン | 0.56 | セロクエル | 0.42 | カリプラジン | 0.34 | ||
リスパダール | 0.55 | エビリファイ | 0.41 | イロペリドン | 0.33 | ||
インヴェガ | 0.49 | ジプラシドン | 0.41 | レキサルティ | 0.26 | ||
ハロペリドール | 0.47 | セルチンドール | 0.40 |
KarXTのエマージェント3での「効果量」0.60と、他の薬のメタ分析での「効果量」を比べてみる。
今回のKarXTの0.60という「効果量」は、オランザピンの0.56より高く、高い部類に入ると思う。今回は、ソリアンの0.73には及ばなかった。
KarXTは、エマージェント1~3で3回とも、オランザピンより有効性が高い、という結果が出た事になる。
オランザピン自体もとても優秀な薬。なので、KarXTの病気の症状を抑える効果が高いのは、明らかだと思う。
KarXTは、エマージェント1~3の3つの試験で、オランザピンを越える有効性を示した。KarXTが、統合失調症の症状全体への有効性が高い事は、明らかなように思う。
結果データ表
遅くなったが、今回公表されているエマージェント3試験の結果データを、下の表に示す。
5週間 投与 | KarXT スコア 平均 減少幅 | プラセボ スコア 平均 減少幅 | プラセボ との差 | 効果量 | p値 |
PANSS 合計 | -20.6 | -12.2 | -8.4 | 0.60 | p<0.0001 |
PANSS 陽性 | -7.1 | -3.6 | -3.5 | 0.80 | p<0.0001 |
PANSS 陰性 | -2.7 | -1.8 | -0.8 | 0.23 | p<0.1224 |
KarXTの有効性の測定には、PANSS(パンス)のスコアが使われた。 PANSSについて詳しくは、こちらの記事を参照。
PANSS 陽性陰性症状評価尺度(有効性測定に使われる尺度)改訂版
全般的な症状への効果(PANSS合計スコア)
まず、上の表のうち、KarXTの「全般的な有効性」について考える。「全般的な有効性」を知るには、「PANSS合計スコア」を見ればいい。
下の表に、エマージェント1、2、3の「PANSS合計」の結果データを載せる。
PANSS 合計 | KarXT スコア 平均 減少幅 | プラセボ スコア 平均 減少幅 | プラセボ との差 | 効果量 | p値 |
エマージェント1 | -17.4 | -5.9 | -11.6 | 0.75 | p<0.0001 |
エマージェント2 | -21.2 | -11.6 | -9.6 | 0.61 | p<0.0001 |
エマージェント3 | -20.6 | -12.2 | -8.4 | 0.60 | p<0.0001 |
今回の「エマージェント3」の結果は、エマージェント1より「エマージェント2」の方に似ている。つまり、今回もエマージェント2と同じで、プラセボ薬の「スコア平均減少幅」が、-12.2と大きかった。
それにも関わらず、今回も、KarXTの「スコア平均減少幅」が、-20.6と大きかったので、「プラセボとの差」も、-8.4とやや大きめに出た。
「プラセボとの差」が大きめに出たので、「プラセボとの差」を「標準偏差」で割り算したところの「効果量」も、0.60とやや大きめになった。
エマージェント3も良好な結果であったと思う。
今回も、プラセボの改善幅が大きかったにも関わらず、高めの「効果量」が出た。KarXTの有効性が本当に高いという事の強固な証拠となった。
陽性症状への効果(PANSS陽性スコア)
次に、KarXTの「陽性症状」への効果に絞って見てみる。エマージェント1、2、3の「PANSS陽性」の結果データを、下の表に示す。
PANSS 陽性 | KarXT スコア 平均 減少幅 | プラセボ スコア 平均 減少幅 | プラセボ との差 | 効果量 | p値 |
エマージェント1 | -5.6 | -2.4 | -3.2 | 0.59 | p<0.0001 |
エマージェント2 | -6.8 | -3.9 | -2.9 | ? | p<0.0001 |
エマージェント3 | -7.1 | -3.6 | -3.5 | 0.80 | p<0.0001 |
陽性症状については、エマージェント3のKarXTの「効果量」は、0.80になっている。エマージェント1の時の効果量0.59よりもだいぶ大きい。
他の抗精神病薬については、陽性症状の「効果量」は次の表のようになっている。
PANSS陽性 | 効果量 | ||||||
ソリアン | 0.69 | ハロペリドール | 0.49 | ラツーダ | 0.33 | ||
クロザピン | 0.64 | シクレスト | 0.47 | カリプラジン | 0.30 | ||
リスパダール | 0.61 | ジプラシドン | 0.43 | イロペリドン | 0.30 | ||
クロルプロマジン | 0.57 | セロクエル | 0.40 | レキサルティ | 0.17 | ||
オランザピン | 0.53 | セルチンドール | 0.40 | ||||
インヴェガ | 0.53 | エビリファイ | 0.38 |
エマージェント3におけるKarXTの陽性症状の効果量0.80は、ソリアンの0.69や、クロザピンの0.64よりも高い。
エマージェント3では、KarXTの陽性症状への効果は「かなり高かった」と思う。ソリアンやクロザピンより高かった。
陰性症状への効果(PANSS陰性スコア)
次に、KarXTの「陰性症状」への効果に絞って見てみる。エマージェント1、2、3のPANSS陰性スコアの結果データを下の表に示す。
PANSS 陰性 | KarXT スコア 平均 減少幅 | プラセボ スコア 平均 減少幅 | プラセボ との差 | 効果量 | p値 |
エマージェント1 | -3.2 | -0.9 | -2.3 | 0.56 | p<0.001 |
エマージェント2 | -3.4 | -1.6 | -1.8 | ? | p=0.0055 |
エマージェント3 | -2.7 | -1.8 | -0.8 | 0.23 | p<0.1224 |
エマージェント3では、陰性症状の「p値」がp<0.1224となっていて、「p値」が0.05以下になっていない。その場合、陰性症状への効果は(統計的に見て)なかったという事になる。
効果量も0.23で低い。
他の抗精神病薬の「効果量」を下の表に示す。
PANSS陰性 | 効果量 | ||||||
クロザピン | 0.62 | インヴェガ | 0.37 | ハロペリドール | 0.29 | ||
ソリアン | 0.50 | クロルプロマジン | 0.35 | ラツーダ | 0.29 | ||
オランザピン | 0.45 | エビリファイ | 0.33 | レキサルティ | 0.25 | ||
シクレスト | 0.42 | ジプラシドン | 0.33 | イロペリドン | 0.22 | ||
セルチンドール | 0.40 | カリプラジン | 0.32 | ||||
リスパダール | 0.37 | セロクエル | 0.31 |
エマージェント3におけるKarXTの陰性症状の効果量0.23は、イロペリドンの0.22やレキサルティの0.25と同程度になっている。最下位に近い。
エマージェント3ではKarXTは、陰性症状への効果がかなり低かった。
けれど、エマージェント1、2試験では、まあまあの結果を示しているので、陰性症状にも効果はあるのではないかと思っている。今後の臨床試験の結果を見て、見極めていきたい。
有害事象(副作用)
次に有害事象(副作用)について書く。
エマージェント3試験で、何らかの理由でKarXTの投与を中止した患者の割合は、37%もいる。 プラセボ薬の投与を中止した割合も、29%と高い。
他の薬の投与中止率を、知っている限り挙げると、次の表のようになっている。
治験薬 | 投与中止率 |
ルマテペロン(フェーズ3) | 14.7% |
ウロタロント(フェーズ2) | 21.7% |
KarXT(エマージェント1) | 20% |
KarXT(エマージェント2) | 25% |
KarXTのエマージェント3での投与中止率37%は、上の表にあるものよりも、だいぶ高い。
理由は分からないが、ウクライナでも行われた試験なので、もしかしたらウクライナの戦争が影響して、中止率が高かったりするのかもしれない。よくわからない。
KarXTの投与を中止した割合は、今言った通り、全体で37%だが、全体の6%は、有害事象(副作用)が原因で中止している。
他の薬を、有害事象(副作用)で止めた患者の割合は、下の表のようになっている。
治験薬 | 有害事象による中止率 |
ルマテペロン(フェーズ3) | 1.3% |
ウロタロント(フェーズ2) | 8.3% |
KarXT(エマージェント1) | 2% |
KarXT(エマージェント2) | 7% |
エムラクリジン(フェーズ1b) | 7% |
今回の、有害事象を原因とする投与中止率6%は、他の薬と比べて少なくはないが、極端に多いというわけではない。
副作用が原因で投与を中止した人は、それ程多くはないので、我慢できない程重い副作用が出た人は、それ程多くはなかったのかもしれない。
ところで、投与を中止したかしないかは別にして、KarXT投与によって「副作用が発生した患者の割合」は、70%と高い。
他の薬の治験薬投与による副作用(有害事象)の発生率は、次の表のようになっている。
治験薬 | 治験薬投与による 「有害事象発生率」 |
ルマテペロン(フェーズ3) | 64.7% |
ウロタロント(フェーズ2) | 45.8% |
KarXT(エマージェント1) | 54% |
KarXT(エマージェント2) | 75% |
今回は、エマージェント2の副作用発生率(75%)よりかは低かった。けれど、エマージェント1(54%)や、ウロタロント(45.8%)や、ルマテペロン(64.7%)、の副作用発生率より高い。
KarXTは、投与を中止する程の重度の副作用は、多いというわけではないが、軽度や中等度の副作用は、発生しやすいのかもしれない。何らかの副作用が起きた人が70%もいた。
次に、どのような副作用が多かったか見てみる。エマージェント3で、5%以上の患者に出た副作用は、次のようなものになっている。
吐き気、消化不良、嘔吐、便秘、下痢、高血圧、頭痛、不眠
やはりKarXTは、吐き気、消化不良、嘔吐、便秘、下痢、などの消化器系の副作用が多いかもしれない。
また、高血圧が6%の患者に出ていて、懸念されている。高血圧については、安全性を確認するための試験が、特別に行われる予定らしい。
2023年11月18日追記:安全性確認のための試験が行われましたが、高血圧については問題がなかったようです。
けれど、消化器系の副作用が多いという弱点はあるにしても、KarXTの良い点として、「体重増加」や「錐体外路症状」が少ないという事がある。どちらも「プラセボと同程度」で、今回も少なかった。
ところで、「深刻な有害事象」については、一件発生した。胃食道逆流症というものが、深刻な程度、起こったらしい。
ちなみに、エマージェント2では、希死念慮、統合失調症の悪化、虫垂炎、が「深刻な有害事象」として起こっている。エマージェント2でも、胃食道逆流症は起こったが、深刻なものではなかった。
KarXTは、軽度、中等度の副作用が出る割合が高かった。特に、消化器系の副作用が出やすい。けれど、薬をやめたい位副作用が重くなる事は、多くないかもしれない。
消化器系の副作用は、KarXTの服用し始めの時に出やすいらしい。けれど、何週間かすると、ほとんどの人が問題なくなっていくらしい。
開発状況
FDAは、エマージェント1、2、3試験に加えて、エマージェント4、5試験の、有効性と安全性を見て、KarXTに「製造販売承認」を与えるか判断する。また、高血圧に関する試験も考慮されるだろう。
エマージェント4とエマージェント5の試験は、約一年間に渡る「長期試験」で、現在行われている最中。
カルナ社は、2023年中頃に、KarXTの販売承認を得るための申請書、を提出する予定。
もし米国で承認されれば、KarXTの発売は、2024年後半になると、カルナ社は見込んでいる。
2024.7.13追記:DelveInsightというサイトの分析によると、日本発売は2026年の可能性があるらしいです。
2024.9.27追記:KarXTは、2024年9月にFDAに承認されました。Cobenfyという商品名です。2024年中に米国で発売されます。
まとめ
- エマージェント3での、KarXTの「効果量」は、0.60だった。これで3回、オランザピンを上回る「効果量」が出たので、KarXTの有効性が高いというエビデンスは、蓄積されつつある。
- エマージェント3での、KarXTの陽性症状への効果は、かなり高かった。
- エマージェント3での、KarXTの陰性症状への効果は、かなり低かった。
- KarXTは、軽度から中等度の消化器系の副作用が出やすいかもしれない。けれど、薬をやめるほど重くはないし、やがて軽減する事が多いらしい。
- エマージェント3でも、KarXTの「体重増加」と「錐体外路症状」の副作用は少なかった。
- KarXTは、米国で2024年後半に発売されると、カルナ社は見込んでいる。
コメント
今回のエマージェント3試験は、陰性症状で有効性を示せなかったものの、全体的には、一応成功していると思う。
他の薬では、一部、有効性を示せていない臨床試験があったとしても、FDAに承認されているものもある。ましてや、KarXTは、有効性の面では問題ないと思う。
エマージェント4、5試験や、高血圧に関する試験で、安全性の面で問題が出なければ、米国では、来年位にFDAに承認されると思う。
KarXTは、優秀な薬の可能性が高いし、米国ではFDAにすんなり承認されるものと思う。日本でも、早めに治験をやってもらいたい。
関連記事へのリンクはこちら。
「エマージェント1」について書いた記事。
【フェーズ2試験/EMERGENT-1】KarXT、オランザピンに勝る有効性を示す(1回目)
「エマージェント2」について書いた記事。
【フェーズ3試験/EMERGENT-2】KarXT、オランザピンに勝る有効性を示す(2回目)
KarXTと同じムスカリン作動薬である「NBI-1117568(ネクセラのM4作動薬)」についての記事。
NBI-1117568(ネクセラのM4作動薬) /特異性のある注目のムスカリン作動薬
ネクセラは、「NBI-1117568」は他のムスカリン作動薬より優れている、と主張しています。
ネクセラのM4作動薬「NBI-1117568」はKarXTやエムラクリジンに勝るか
「NBI-1117568」のフェーズ2試験の結果が出ました。
【フェーズ2試験成功】「NBI-1117568」結果データの詳しい分析/オランザピンに勝る有効性
KarXTやNBI-1117568と同じムスカリン作動薬である「エムラクリジン」についての記事。
【フェーズ1b試験】エムラクリジン/KarXT並の有効性/消化器系副作用が軽い
ムスカリン作動薬全体についてまとめた記事もあります。
【革新的】開発中の抗精神病薬まとめ(前半)/ムスカリン作動薬【初心者用記事】
KarXTについてのまとめ記事はこちらです。
【2026年日本発売予測】KarXT(Cobenfy)の5つのメリット【初心者用まとめ記事】
コメント