はじめに
オランザピンの記事は2つに分割した。この記事が前半になっている。
後半の記事へのリンクはこちら。
統合失調症 発売済み薬4 オランザピン(後半) ki値データ編(ジプレキサ、ザイディス)
後半の記事では、オランザピンの抗うつ効果や体重増加などの効果や副作用について書いた。
この前半の記事では、陽性症状、陰性症状、認知機能障害への有効性をデータで示す。
オランザピンはスーパーな薬
オランザピンも合う人には合うが、合わない人には全然合わない。しかし、通常とても優れた薬。中には見違えるように奇跡的に効く人もいる。
10年以上も引きこもり状態にあって、何もできなかった人が、オランザピンを飲んで、以前の能力が復活するということもあるらしい。
しかも一般的に、年単位で改善していく薬で、 服用期間に比例して徐々に良くなっていくということが見られる。結果的に、最高到達点がクロザピンと並ぶ位高いと言われている。
「オランザピンほど、精神病の治療に質的な面で貢献した薬はなく」、「傑出した薬」とか「スーパーな薬」などと言っている医者もいる。
治療のクオリティーが高く、他の薬は結局、対症療法っぽく見えるのに対し、オランザピンやクロザピンは根本治療的に作用するように見えるらしい。
ある精神科医の話では、ドーパミン仮説的な対象療法でなく、グルタミン酸仮説的な根本治療になっているかもしれないということらしい。
ウロタロントとの併用
オランザピンは、自分も服用していて、とても良い薬だということを言いたかった。
しかし、オランザピンは、体重増加や糖尿病などの副作用が起こりやすく、使えない人たちもいる。オランザピン並の効果があって、体重が増えにくい薬が待ち望まれている。
それが、ある意味で実現するかもしれない、という論文を見つけた。ウロタロントという開発中新薬がある。ウロタロントについて書いた記事はこちら。
統合失調症 開発中新薬3 ウロ夕ロント(SEP-363856) 改訂版
オランザピンにウロタロントを少量追加すると、 代謝を改善する関係で、体重増加を防止する効果があるかもしれない。
また、オランザピンによって起こる錐体外路症状を軽減させる効果もあるかもしれない。認知機能障害や陽性症状、陰性症状への効果を増強させる効果もあるかもしれない。良いことばかり起こる。
しかし、まだ動物実験の段階なので、ヒトでも同じ効果があるか分からない。ウロタロントとの併用についての記事は、次回以降に書きたいと思う。個人的にかなり期待できる話だと思っている。
オランザピンの幅広い働き
オランザピンは非定型抗精神病薬のうちのMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)と呼ばれる種類の薬。MARTAは、多様な受容体に作用する薬になっている。
MARTAには他に、クロザピン、シクレスト、セロクエルなどがある。クロザピンを副作用などの面で改良したのがオランザピンになっている。
MARTAであるオランザピンは、5HT2A、5HT2B、5HT2C、5HT3、5HT7、α1、D1、D2、D3、D4、H1、M1などの幅広い受容体へ、やや強めの作用がある。
なので、オランザピンの効果は幅広く、様々な症状を和らげる。例えば、統合失調症、うつ病、双極性障害、不眠や不安、衝動のコントロール、吐き気、食欲低下などに効果がある。
正式な適応があるのは、統合失調症、双極性障害の躁状態、双極性障害のうつ状態などとなっている。
アメリカでは、オランザピンは、SSRIであるプロザックと併用されて、治療抵抗性のうつ病に適応が認められている。
オランザピンとプロザックを合わせた合剤は、シンビアックスと呼ばれている。
有効性その1(陽性、陰性症状)
オランザピンを含めて抗精神病薬の有効性は、メタ分析という手法で算出されたりする。
メタ分析では、何百という臨床試験や治験の結果を統合して、有効性がどれくらいか計算される。
メタ分析は、フェーズ2やフェーズ3などの個別の臨床試験よりエビデンスとして強いものとなっている。
この有効性その1のセクションでは、2019年にマクシミリアン・ハーンらによって行われた、メタ分析の結果を見てみる。それによって、オランザピンの統合失調症への有効性を考えてみる。
全般的な効果
まず、その2019年のメタ分析で、PANSS合計スコアの効果量は、次の表のように出た。
PANSS合計 | 効果量 | ||||||
クロザピン | 0.89 | ハロペリドール | 0.47 | シクレスト | 0.39 | ||
ソリアン | 0.73 | クロルプロマジン | 0.44 | ラツーダ | 0.36 | ||
オランザピン | 0.56 | セロクエル | 0.42 | カリプラジン | 0.34 | ||
リスパダール | 0.55 | エビリファイ | 0.41 | イロペリドン | 0.33 | ||
インヴェガ | 0.49 | ジプラシドン | 0.41 | レキサルティ | 0.26 | ||
ドグマチール | 0.48 | セルチンドール | 0.40 |
オランザピンのPANSS合計スコアの効果量は0.56となっていて、結構高い。リスパダールの効果量0.55より少し高い。
クロザピンは難治性の患者にしか使えないし、ソリアンも日本では発売されていない。だから、おそらく日本では、太っていない患者の場合、第一選択薬としてオランザピンがあるかもしれない。
オランザピンの陽性、陰性、その他の症状などの全般的な有効性をメタ分析で見てみると、今の日本ではトップレベルになっている。
陽性症状への効果
次に、オランザピンの陽性症状への効果に絞って見ていく。メタ分析におけるPANSS陽性スコアの効果量は、次の表のようになっている。
PANSS陽性 | 効果量 | ||||||
ソリアン | 0.69 | ハロペリドール | 0.49 | ラツーダ | 0.33 | ||
クロザピン | 0.64 | シクレスト | 0.47 | カリプラジン | 0.30 | ||
リスパダール | 0.61 | ジプラシドン | 0.43 | イロペリドン | 0.30 | ||
クロルプロマジン | 0.57 | セロクエル | 0.40 | レキサルティ | 0.17 | ||
オランザピン | 0.53 | セルチンドール | 0.40 | ||||
インヴェガ | 0.53 | エビリファイ | 0.38 |
オランザピンの陽性症状への有効性は、効果量が0.53になっている。
リスパダールの効果量0.61より低く、インヴェガの0.53と同程度になっている。ハロペリドールの0.49よりは高い。
メタ分析では、オランザピンの陽性症状への効果は、すごく高いという程でもないが、結構高いとなっている。
陰性症状への効果
次に、オランザピンの陰性症状への効果に絞って見ていく。
メタ分析におけるPANSS陰性スコアの効果量は、次の表のようになっている。
PANSS陰性 | 効果量 | ||||||
クロザピン | 0.62 | インヴェガ | 0.37 | ハロペリドール | 0.29 | ||
ソリアン | 0.50 | クロルプロマジン | 0.35 | ラツーダ | 0.29 | ||
オランザピン | 0.45 | エビリファイ | 0.33 | レキサルティ | 0.25 | ||
シクレスト | 0.42 | ジプラシドン | 0.33 | イロペリドン | 0.22 | ||
セルチンドール | 0.40 | カリプラジン | 0.32 | ||||
リスパダール | 0.37 | セロクエル | 0.31 |
オランザピンの陰性症状への効果は、効果量が0.45となっていて、結構高い。
ソリアンの効果量0.50に次ぐ効果がある。陰性症状への効果については、リスパダール(0.37)よりだいぶ高い。
オランザピンの陰性症状への効果は、メタ分析で見てみると、結構高いと思われる。
まとめ
オランザピンの有効性は、メタ分析で見た場合に上位に入る。今の日本で使える薬の中ではトップレベルになっている。
メタ分析は、比較的症状の重い患者に対する短期的な試験結果の統合になっている。もちろん、オランザピンは、症状の重い患者への短期的な投与についても、有効性が高い。
それに加えて、オランザピンは、長期的にも改善していく薬になっている。安定期、維持期についても、クロザピン並の有効性があるとも言われる。
有効性その2(認知機能障害)
オランザピンは、認知機能障害への効果が、旧来の定型抗精神病薬よりも高いという調査結果がある。
2004年に行われたあるメタ分析で、クロザピン、リスパダール、セロクエル、オランザピン、の認知機能改善効果が研究調査されている。
この有効性その2のセクションでは、その研究論文の内容をいくらか紹介する。
平均25週間の期間に、どれ位認知機能が改善したかが調べられ、効果量が計算された。
4つの薬の認知機能に対する効果量
まず、そのメタ分析の結果を示す。4つの薬の認知機能に対する効果量は、下の表のようになっている。
「ワーキングメモリー」や「処理速度」など、9つの項目が調べられた。
グローバル・コグニティブ・インデックス(GCI)は、その9つの項目の合計になっている。なので、各抗精神病薬における、認知機能全体への有効性になっている。
クロザピン | オランザピン | リスパダール | セロクエル | |
グローバル・コグニティブ・インデックス | 0.29 | 0.43 | 0.28 | 0.44 |
用心深さと選択的注意 | 0.17 | 0.47 | 0.12 | 0.82 |
ワーキングメモリー | 0.25 | 0.24 | 0.24 | 0.41 |
学習 | 0.31 | 0.61 | 0.41 | 0.24 |
処理速度 | 0.35 | 0.43 | 0.30 | 0.35 |
認知的柔軟性と抽象化 | 0.25 | 0.15 | 0.10 | 0.33 |
言語流暢性 | 0.44 | 0.25 | 0.06 | 0.63 |
視覚的処理 | 0.20 | 0.50 | 0.39 | 0.56 |
運動技能 | 0.64 | 0.25 | 0.22 | 0.20 |
遅延想起 | 0.25 | 0.53 | 0.46 | 0.30 |
表の中では、0.20~0.40程度の効果量は、黒の太字で示した。この位の数値だと、臨床的に「軽い」もしくは「穏やかな」程度の効果しか持たないらしい。
おそらく、0.50とか0.60とかあれば、明らかな効果があると言っても良さそうに思われる。表の中では赤字で示した。
0.40~0.49位だと、中位の改善効果だと思われる。表の中では青字で示した。
まず、表の右から4列目のクロザピンについて見てみる。運動技能の効果量が、0.64になっていて、これは、顕著(けんちょ)に改善するかもしれない。
言語流暢性(げんごりゅうちょうせい)の効果量が、0.44で、中位の言語流暢性の改善があるかもしれない。
選択的注意(0.17)や視覚的処理(0.20)などには、あまり効果を示さないかもしれない。
(以下カッコ内の数値は効果量)
オランザピンについては、学習(0.61)、視覚的処理(0.50)、遅延想起(0.53)を顕著に改善するかもしれない。
他にも用心深さと選択的注意(0.47)、処理速度(0.43)で、中位の改善があるようだ。
リスパダールについては、学習(0.41)、遅延想起(0.46)の項目では、中位の改善があると思われる。
セロクエルについては、用心深さと選択的注意(0.82)、言語流暢性(0.63)、視覚的処理(0.56)の項目で、顕著な改善があるかもしれない。
また、ワーキングメモリー(0.41)で、中位の改善があると思われる。
旧来の定型抗精神病薬と比べ、非定型精神病薬は、いくつかの項目で、認知機能を顕著に改善する事がある。
特定の項目への改善効果
グローバル・コグニティブ・インデックス(GCI)の効果量を見てみると、クロザピンが0.29、リスパダールが0.28、オランザピンが0.43、セロクエルが0.44となっている。
つまり、認知機能への効果を総合的に見ると、クロザピンやリスパダールより、オランザピンやセロクエルの方が効果が高いようだ。
けれど、オランザピンやセロクエルについても、認知機能「全体」としては、大きな効果があるとまでは言えないらしい。
ただ、それぞれの抗精神病薬が、認知機能の「特定の項目」で、大きく改善するという事は起こっている。
例えば、クロザピンが運動技能(0.64)を顕著に改善したり、オランザピンが学習(0.61)を顕著に改善したり、セロクエルが言語流暢性(0.63)を大きく改善したりという事はある。
これから発売されるBI425809などの認知機能改善薬にしても、認知機能「全体」を大きく改善する事はないかもしれない。
まずは、「特定の項目」で明らかな改善が見られる程度であると思われる。BI425809の場合、ワーキングメモリーを特に大きく改善するらしい。
まだ、統合失調症患者の認知機能全体を大きく改善するような薬は、存在していないと思う。
D2受容体遮断作用 & セロトニン受容体への作用
一般的に、認知機能への効果が高い薬は、ドーパミンD2受容体遮断作用が弱い。また、5HT2Cや5HT2Aなどのセロトニン系の受容体への作用が強い傾向にある。
例えばリスパダールなどは、D2遮断作用の強さが、認知機能へ悪影響を及ぼしている。結果、今回のメタ分析では、認知機能への効果が低く出ている。
逆に、セロクエルが、オランザピン並みの認知機能改善効果を示せたのは、D2遮断作用が低い事も、一因になっていると思う。
セロクエルは、オランザピンより、D2遮断作用が弱い。けれど、セロトニン系の受容体への作用も、オランザピンより弱い。総合的に、今回のメタ分析ではオランザピンと同等の認知機能への有効性になっている。
オランザピンは、強いD2遮断作用がある。同時にセロトニン系の受容体への作用も強い。結果的に、陽性症状への強い効果と認知機能改善効果が両立している。
リスパダールは、陽性症状への効果が高く、認知機能改善効果が低い。
セロクエルは、陽性症状への効果が低く、認知機能改善効果が高い。
オランザピンは、陽性症状と認知機能障害の改善効果が両方高く、両立している。
アセチルコリン受容体への作用
この項では、アセチルコリン受容体への作用によって起こる認知機能への効果について書く。
アセチルコリン受容体には、ニコチン性アセチルコリン受容体とムスカリン性アセチルコリン受容体がある。
さらに、ムスカリン性アセチルコリン受容体には、M1受容体からM5受容体までの種類がある。
クロザピンには、M4受容体の作動(刺激)作用がある。これは、本来なら記憶や注意力を改善させるように働くはず。
逆に、オランザピンはM1、M4受容体への遮断作用が強い。これは、本来なら記憶や注意力を低下させるように働くはず。
しかし、今回のメタ分析では、反対の結果になっている。
今回のメタ分析では、オランザピンの方が、用心深さと選択的注意や遅延想起の項目についてはかなり改善効果が高いし、認知機能全体についてもより効果が高い、という結果になっている。
先入観では、クロザピンが一番認知機能を改善させるかと思っていたが違うようだ。なぜなのかは、今後、認知機能についてもよく勉強していって、見極めていきたい。
ところで、以前紹介したKarXTは、M1受容体刺激作用とM4受容体刺激作用が強い。KarXTについては、認知機能を高める効果が期待されている。
現在開発中のKarXTについては、こちらの記事を参照。
統合失調症 開発中新薬11 KarXT (キサノメリン +トロスピウム) 改訂版
M4刺激(作動)的なクロザピンより、M1、M4遮断的なオランザピンの方が、なぜか、認知機能改善効果が高い、というメタ分析の結果だった。
アセチルコリン受容体については、いろいろ不明なメカニズムで、認知機能への作用があるのかもしれない。
コメント
おそらく、オランザピンは認知機能の面でも、最も効果のある抗精神病薬のうちの1つである、と思われる。
さらに、ウロタロントが少量追加されれば、認知機能への効果が増強される可能性がある。期待して待ちたい。
オランザピンの記事は2つに分割した。後半の記事へのリンクはこちら。
統合失調症 発売済み薬4 オランザピン(後半) ki値データ編(ジプレキサ、ザイディス)
参考文献
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15784157/
- https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(19)31135-3/fulltext
- https://ameblo.jp/kyupin/theme4-10002432435.html
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