はじめに
この記事では、統合失調症の認知機能障害や陰性症状に効きそうな開発中新薬をまとめています。
おそらく、紹介するすべての開発中の薬が販売の承認に至るわけでないです。認知機能障害や陰性症状に効く薬が本当に実現するのか不透明です。
いくつかでも販売に至ればとても素晴らしい事ですが、有効性を示せずに開発中止に終わる薬も、結構あると思われます。
フェーズ3臨床試験で良好な結果が出て、販売されそうな薬については、1つのブログ記事にしてデータなど紹介します。
この記事は、やや専門的になったかもしれません。普通の読者は、記事最後のまとめとコメントだけ見て終わり、ということでいいかもしれないです。
以下には、モノアミン受容体調節薬、グルタミン酸受容体調節薬、アセチルコリン受容体調節薬、その他の調節薬、まとめ、のセクションがあります。
モノアミン受容体調節薬
まず、セロトニン受容体、ヒスタミン受容体、ドーパミン受容体などのモノアミン受容体に作用する薬を紹介する。
ASP-5736
ASP-5736は、選択的セロトニン5HT5A受容体阻害薬と呼ばれる。セロトニン5HT5A受容体を阻害する薬。
動物実験では、認知機能障害、ワーキングメモリー、視覚による学習、を改善した。陽性症状と似たマウスの活動過多状態も改善した。
単剤や補助薬として、副作用なしに、陽性症状や認知機能障害を治療できるかもしれない。
開発状況については不明。
Usmarapride(SUVN-4010)
Usmaraprideは、セロトニン5HT4受容体を作動させる薬。セロトニン5HT4受容体部分作動薬。
動物実験で認知機能への効果が見られた。
米国では、2021年現在フェーズ2終了済み。
Samelisant
Samelisantは、ヒスタミンH3受容体逆作動薬と呼ばれる。ヒスタミンH3受容体を実質的には阻害する。
動物実験で、大脳皮質のアセチルコリンレベルを増加させ、認知機能改善効果もみられた。
米国では、2019年現在フェーズ2a試験計画中となっている。
ASP-4345
ASP4345は、ドーパミンD1受容体アロステリック作動薬。ドーパミンD1受容体のアロステリック部位に結合する事によって、D1受容体の機能を高める。
ワーキングメモリーなどとも関係が深い前頭前皮質のD1受容体の機能を高める。
ヒトへの臨床試験で臨床的に意味のある改善が示された。米国でのフェーズ2試験は、2019年10月に完了している。
グルタミン酸受容体調節薬
次に、グルタミン酸受容体に作用する薬を紹介する。グルタミン酸受容体のうちNMDA受容体と代謝型グルタミン酸受容体5(mGluR5)という種類の受容体に作用する薬を紹介する。
BI425809(Iclepertin、イクレペルチン)
BI425809は、認知機能改善薬。この薬は、FDAにより「画期的治療薬」に指定されている。
GlyT1阻害薬(グリシン再取り込み阻害薬)。グリシンによって、NMDA受容体の機能を高める。
日本でもフェーズ3試験が行われている。初の認知機能障害治療薬になるかもしれない。フェーズ3試験は、今年(2024年)終わる予定。
フェーズ2試験では、統合失調症患者509人に、12週間投与され、認知機能への有効性が評価された。MCCB(MATRICS統一見解認知機能評価バッテリー)という尺度で測定された。
結果、効果量は10mg投与群で「0.34」というものだった。軽度の認知機能改善効果がある可能性がある。特に、ワーキングメモリーのテストで大きな改善が見られた。
いくつかの開発中の認知機能改善薬を見てみると、効果量は、平均して「0.28」となっている。BI425809の効果はそれより少し高い程度、という試験結果だった。
認知機能全体については、病前レベルまで回復させる程の効果はもちろんないと思われるが、ワーキングメモリーの改善効果については期待している。
RL-007
RL007はコリン受容体、ギャバB受容体、NMDA受容体に作用する薬。
米国でのフェーズ2a試験で、全般的な認知機能や、エピソード記憶において、臨床的に意味のある改善を示した。
今後、より大規模で厳密なフェーズ2試験が予定されている。
2023年追記:米国で2022年12月、フェーズ2b試験の開始が発表された。2024年上半期に結果が出る予定。
Plazinemdor(CAD-9303)
Plazinemdorは、NMDA受容体アロステリック作動薬。NMDA受容体のアロステリック部位に結合する事によって、NMDA受容体の機能を高める。
認知機能障害、陰性症状の改善が目指されている。
米国では、2021年11月にフェーズ1試験が完了した。
BMS-955829
BMS955829は、代謝型グルタミン酸受容体5という受容体のアロステリック部位に結合し、その受容体の機能を高める。mGluR5アロステリック作動薬と呼ばれる。
動物実験では、認知機能と遂行機能の強い改善が見られた。
開発状況は不明。
ポマグルメタッド メチオニル
ポマグルメタッド メチオニルは、代謝型グルタミン酸受容体2と代謝型グルタミン酸受容体3という受容体を作動させる。mGluR2/3作動薬と呼ばれる。
臨床試験では、有効性を示す事に失敗していた。けれど、慢性患者には効かないが、病気初期の患者には効く可能性がある事がわかった。
現在、米国のデノボ バイオファーマによってフェーズ1試験が進行中。
アセチルコリン受容体調節薬
この項ではまず、ニコチン性アセチルコリン受容体に作用する薬を紹介し、次に、ムスカリン性アセチルコリン受容体に作用する薬を紹介する。
SKL-15508
SKL15508は、α7ニコチン性アセチルコリン受容体作動薬。
動物実験で認知機能を改善した。既存薬と併用した時には相乗効果があった。 併用によって全体的な症状の改善や、副作用を和らげる事が期待される。
米国で、2016年現在フェーズ2a試験進行中となっている。2021年現在、何も開発進展の報告はない。
VQW-765
VQW765も、α7ニコチン性アセチルコリン受容体作動薬。
認知機能障害やジスキネジアに効果のある可能性がある。
現在、仏、独、伊、米でフェーズ2試験進行中。
ML-007
ML-007は、ムスカリン作動薬。KarXTや、エムラクリジン(CVL-231)や、NBI-1117568、と同種の薬。
また、KarXTと同じで、M1とM4受容体の両方の作動薬。なので、認知機能や陰性症状への効果も期待したい。
統合失調症やジスキネジアに効く可能性がある。米国でマップライト社がフェーズ1試験を開始した。
2023年追記:2022年8月に統合失調症やジスキネジアに対するフェーズ1試験が完了した。重篤な副作用もなく、試験は成功したらしい。
ANAVEX3-71
ANAVEX3-71は、M1ムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬(M1作動薬)であり、シグマ1受容体作動薬でもあります。
ANAVEX3-71は、シグマ1受容体を作動させる所が、他のムスカリン作動薬と違っています。
シグマ1受容体を作動させる事によって、身体のホメオスタシスや、脳の神経可塑性(かそせい)を、回復させる事ができるそうです。脳の炎症を防止する効果もあるそうです。
動物実験では、認知機能低下を防止する効果が見られています。
統合失調症への適応へ向けては、2024年1月時点で、米国において、フェーズ2試験の段階にあります。
VU0467154
VU0467154は、ムスカリン性アセチルコリンM4受容体アロステリック作動薬。
認知機能障害と統合失調症に効く可能性がある。次の記事で詳細に書いている。
統合失調症 開発中新薬12 NBI-1117568(HTL16878、ネクセラのM4作動薬) 修正版
まだ前臨床試験の段階で、フェーズ1には入っていない。
その他の調節薬
この項では、その他のいろいろな作用機序の薬を紹介する。
ルバダキシスタット
ルバダキシスタットは、D-アミノ酸酸化酵素阻害薬。ニューロクライン社が開発している。
「D-アミノ酸酸化酵素」は、脳機能にとって重要なD-セリンを分解させる働きがある。ルバダキシスタットはその働きを「阻害」する。
米国でのフェーズ2試験では、陰性症状の改善は示せなかったが、認知機能の改善効果が見られた。別のフェーズ2試験が行われていて、2024年2月に終了する予定。
日本でも武田薬品が、TAK-831としてフェーズ2試験を実施中。
ナベン(安息香酸ナトリウム, Sodium benzoate, NaBen)
ナベンも、D-アミノ酸酸化酵素阻害薬です。
臨床試験では、認知機能の改善効果があったりなかったりしています。
処理速度や視覚記憶で、特に改善効果が見られた臨床試験があります。また、サルコシン(グリシン再取り込み阻害薬)との併用で、認知機能を改善した試験もあります。
ナベンは、現在米国で、抗精神病薬の補助薬としての適応へ向けて、フェーズ2/3試験の段階にあります。
MK-8189
MK-8189は、ホスホジエステラーゼ10A阻害薬です。
動物実験では、統合失調症の認知機能障害を改善させる事が示されています。
現在米国で、フェーズ2試験の段階です。
Osoresnontrine(BI-409306, SUB-166499)
Osoresnontrineは、ホスホジエステラーゼ9A阻害薬です。
動物実験では、記憶力を改善させる事が示されています。
現在米国で、フェーズ2試験の段階です。
KYN-5356
KYN-5356は、キヌレニン-オキソグルタル酸トランスアミナーゼ阻害薬です。
統合失調症の認知機能障害のみを治す薬で、期待が持てそうです。
現在米国で、フェーズ1試験の段階です。
GPR139作動薬(NBI-1065846、TK-041)
NBI1065846は、オーファンGタンパク質共役型受容体139という受容体を作動させる。 GPR139作動薬と呼ばれる。
統合失調症や認知機能障害の適応を目指している。開発が継続しているかはわからない。
うつ病における無快楽症治療薬としては開発が継続している。米国で2023年中にフェーズ2のデータが出る。
GPR52作動薬(HTL0048149)
ネクセラも開発しているGPR52作動薬と呼ばれる薬群がある。
GPR52という受容体を作動させる(刺激する)事によって、間接的に、前頭前皮質のD1受容体シグナル伝達を強化し、また、線条体におけるD2受容体シグナル伝達を阻害する。
そうする事で、陰性症状、認知機能障害、陽性症状を改善させる。
ネクセラのGPR52作動薬であるHTL0048149のフェーズ1臨床試験が、行われている。
認知機能障害の治療薬まとめ
開発段階まとめ
この記事で紹介したすべての薬の開発段階を以下にまとめた。基本的に米国で開発中の薬になっている。赤字で書いてある薬は、米国以外で開発中の薬。
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前臨床試験中
VU0467154
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フェーズ1途中
ポマグルメタッド メチオニル、KYN-5356、HTL0048149
フェーズ1終了
Plazinemdor、ML-007
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フェーズ2計画中
Samelisant
フェーズ2途中
VQW-765(仏、独、伊、米)、SKL-15508、TAK-831(日本)、RL-007、ルバダキシスタット、ANAVEX3-71、ナベン、Osoresnontrine、MK-8189
フェーズ2終了
Usmarapride、ASP-4345
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フェーズ3途中
BI425809(日本、米国)
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不明
ASP-5736、BMS-955829、NBI1065846
作用機序まとめ
一応、作用機序もまとめておく。
モノアミン受容体調節薬
- ASP-5736(選択的セロトニン5HT5A受容体阻害薬)
- Usmarapride(セロトニン5HT4A受容体部分作動薬)
- Samelisant(ヒスタミンH3逆作動薬)
- ASP-4345(ドーパミンD1受容体アロステリック作動薬)
グルタミン酸受容体調節薬
- BI425809(グリシン再取り込み阻害薬)
- RL-007(コリン、ギャバB、NMDA、受容体調節薬)
- Plazinemdor(NMDA受容体アロステリック作動薬)
- BMS-955829(mGluR5アロステリック作動薬)
- ポマグルメタッド メチオニル (mGluR2/3作動薬)
アセチルコリン受容体調節薬
- SKL-15508(α7ニコチン性アセチルコリン作動薬)
- VQW-765(α7ニコチン性アセチルコリン作動薬)
- ML-007(ムスカリン性アセチルコリンM1/M4受容体作動薬)
- VU0467154(ムスカリン性アセチルコリンM4受容体アロステリック作動薬)
- ANAVEX3-71(ムスカリン性アセチルコリンM1受容体作動薬、シグマ1受容体作動薬)
その他の調節薬
- ルバダキシスタット、TAK-831(D-アミノ酸酸化酵素阻害薬)
- ナベン(D-アミノ酸酸化酵素阻害薬)
- Osoresnontrine(ホスホジエステラーゼ9A阻害薬)
- MK-8189(ホスホジエステラーゼ10A阻害薬)
- KYN-5356(キヌレニン-オキソグルタル酸トランスアミナーゼ阻害薬)
- NBI-1065846(GPR139作動薬)
- HTL0048149(GPR52作動薬)
コメント
開発中の認知機能障害の薬は、この記事で紹介したもので全てではないと思う。新たに発見したら追加するかもしれない。
認知機能障害専門に効く開発中の薬は、日本では知る限り2つしかない。 BI425809がフェーズ3の段階で、 TAK-831がフェーズ2の段階にある。
米国では20個位ある。このうち、どれ位が発売に至るかわからない。
BI425809やTAK-831には頑張ってもらいたい。
参考文献
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- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8428802/
選択的Kv3チャネル調節薬(AUT00206)
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