はじめに
ラツーダは、日本では2020年3月に、統合失調症と双極性障害のうつ状態、に対して適応が認められた。
この記事では、まずラツーダの各受容体に対するki値を書き、各ki値が生じさせる効果や副作用について書く。実際に処方された人たちへはどう効いたかなども少し書く。
記事の後半では、メタ分析で算出された有効性についても書く。他の抗精神病薬と有効性の比較をした。
効果と副作用(ki値などから考える)
ラツーダのそれぞれの受容体に対するki値(表)
このセクションでは、ki値を参考に、ラツーダの効果と副作用について考える。
脳細胞(神経細胞)には、抗精神病薬が結合する事ができる「受容体」がついている。受容体には様々な種類がある。
抗精神病薬がどの受容体に結合できるかによって、どの「効果や副作用」が出るかが決まってくる。
下の表の1番左の列に、ラツーダが主にどの受容体に結合(作用)できるか示してある。
作用 | 効果、副作用 | ラツーダki値 |
5HT1A受容体部分刺激 | 抗うつ、認知改善、EPS改善、抗不安 | 6.75 |
5HT2A受容体遮断 | 抗うつ、睡眠改善、EPS改善、衝動抑制 | 2.03 |
5HT2C受容体遮断 | 抗うつ、認知改善、EPS改善、体重増加 | 415 |
5HT7受容体遮断 | 抗うつ、認知改善 | 0.495 |
α1受容体遮断 | 鎮静、起立性低血圧悪化 | 47.9 |
α2受容体遮断 | 抗うつ、鎮痛 | 40.7 |
D2受容体遮断 | 陽性改善、EPS悪化、眠気 | 1.68 |
D3受容体遮断 | 陽性改善、抗うつ | 15.7 |
H1受容体遮断 | 鎮静、体重増加 | >1000 |
M1受容体遮断 | 鎮静、口渇、便秘 | >1000 |
表に刺激や遮断と書いてあるが、抗精神病薬は、結合した時に、受容体を刺激する刺激薬か、受容体を遮断する遮断薬に、なり得る。そのどちらかによって、反対の「効果や副作用」が起こり得る。
(上の表を見てみると、ラツーダの場合は、5HT1A受容体以外には刺激薬としての作用はなく、他の受容体に対しては遮断薬として作用するとなっている。)
また、抗精神病薬の「効果や副作用」の「強さの度合い」は、受容体に「どの程度の強さ」で結合できるかで決まってくる。
受容体への結合の強さ(作用の強さ)は、「ki値」というもので表される。表の1番右の列では、ラツーダの各受容体に対する「ki値」が書いてある。もう一度表を貼っておく。
作用 | 効果、副作用 | ラツーダki値 |
5HT1A受容体部分刺激 | 抗うつ、認知改善、EPS改善、抗不安 | 6.75 |
5HT2A受容体遮断 | 抗うつ、睡眠改善、EPS改善、衝動抑制 | 2.03 |
5HT2C受容体遮断 | 抗うつ、認知改善、EPS改善、体重増加 | 415 |
5HT7受容体遮断 | 抗うつ、認知改善 | 0.495 |
α1受容体遮断 | 鎮静、起立性低血圧悪化 | 47.9 |
α2受容体遮断 | 抗うつ、鎮痛 | 40.7 |
D2受容体遮断 | 陽性改善、EPS悪化、眠気 | 1.68 |
D3受容体遮断 | 陽性改善、抗うつ | 15.7 |
H1受容体遮断 | 鎮静、体重増加 | >1000 |
M1受容体遮断 | 鎮静、口渇、便秘 | >1000 |
ki値は、数値が小さいほど、結合力が強く、効果や副作用が強い。
1未満「非常に強い作用」、1~10「強い作用」、10~100「中等度の作用」、100~1000「弱い作用」、>1000「無視できるほどのわずかな作用」、となっている。
効果や副作用は、網羅はしていない。重要そうなものを選んで載せた。「EPS」とは「錐体外路症状」の事。
ki値から考えられる効果と副作用
この項では、上の表で示したki値から効果、副作用を考えてみる。(作用機序は、すべて解明されている訳ではなく、不明のメカニズムで効果、副作用が起こる事もある。)
抗うつ(5HT1A受容体部分刺激、5HT7受容体遮断)
まず、ラツーダの抗うつ効果について考えてみる。抗うつ効果に関するki値を下の表に示す。
作用 | ラツーダki値 |
5HT1A受容体部分刺激 | 6.75 |
5HT2A受容体遮断 | 2.03 |
5HT2C受容体遮断 | 415 |
5HT7受容体遮断 | 0.495 |
D3受容体遮断 | 15.7 |
ラツーダは、統合失調症よりも双極性障害のうつ状態に使われることが多いようだ。
ラツーダのうつへの効果は、特に、5HT1A部分刺激作用や、5HT7遮断作用が、強いため起こるのかもしれない。
賦活作用があり、統合失調症の人が飲むと、「なんとなく前向きになった」り、「表情が明るくなる」人もいるらしい。
「軽躁状態になる」人もいる。だが、「数か月ぐらいでやがて腰折れし、おさまって、そこそこの感じ」になった人もいる。「うつは減るが、仕事、勉強へのやる気は出ない」という人もいた。
陽性症状(D2受容体遮断)
次にラツーダの陽性症状への効果について見てみる。陽性症状に関するki値を下の表に示す。
作用 | ラツーダki値 |
D2受容体遮断 | 1.68 |
H1受容体遮断 | >1000 |
M1受容体遮断 | >1000 |
統合失調症の陽性症状への効果は、D2遮断のki値が1.68となっているので、強い作用は持っているはずだが、実際には強くはないらしい。
なぜなのかは正直わからないが、H 1遮断やM1遮断が弱く、やや鎮静作用が小さいからだろうか。
特に、「重い統合失調症患者の人に使われると失敗するケースが多い」らしい。「上限の80mgを使っても幻覚妄想などの症状が残る」人がいるらしい。
軽度の人については効果が十分、という事はあるかもしれない。
錐体外路症状(D2受容体遮断、5HT1A受容体部分刺激、5HT2A受容体遮断)
錐体外路症状に関するki値を下の表に示す。
作用 | ラツーダki値 |
D2受容体遮断 | 1.68 |
5HT1A受容体部分刺激 | 6.75 |
5HT2A受容体遮断 | 2.03 |
D2遮断作用がki値1.68と強いので、錐体外路症状や、アカシジアが起こる人もいるらしい。
だが、5HT1A部分刺激作用や、5HT2A遮断作用が強いので、いくらか抑えられている。
体重増加(H1受容体遮断、5HT2C受容体遮断)
体重増加に関するki値を下の表に示す。
作用 | ラツーダki値 |
H1受容体遮断 | >1000 |
5HT2C受容体遮断 | 415 |
ラツーダは、H1遮断作用がほぼない。5HT2C遮断作用もki値が415となっていて、他の非定型抗精神病薬と比べて弱い。
そのため、体重増加が少ないと言われている。少なくとも「激増する人はいない」らしい。非定型抗精神病薬の中で、最も体重増加が少ない薬のうちの1つと言われる。
眠気、鎮静(α1遮断、D2遮断、H1遮断、M1遮断、5HT2A遮断)
ラツーダが、不眠、眠気、鎮静に対してどのように働くか、考えてみる。
脳の睡眠回路は、GABA(ギャバ)という神経伝達物質が作動させる。覚醒回路は、ヒスタミン、アセチルコリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン、などの神経伝達物質が作動させる。
神経伝達物質は、脳の神経細胞についている「受容体」に結合して、覚醒回路や睡眠回路を作動させる。
ヒスタミン、アセチルコリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは、それぞれ順に、H1受容体、M1受容体、α1受容体、D2受容体、5HT2A受容体、に結合し、覚醒回路を作動させる。
(それぞれの神経伝達物質は、別のサブタイプの受容体へも結合するが、覚醒回路を作動させる代表的なサブタイプ受容体を挙げた。)
それらの神経伝達物質が各受容体へ結合するのを、抗精神病薬が遮断(阻害)すると、覚醒回路が遮断(阻害)される。すると、眠気や鎮静が起こる。
ラツーダが、それらの受容体を遮断(阻害)する作用はどれ位か、ki値で考えてみようと思う。下の表にそれぞれのki値を示す。
作用 | ラツーダki値 |
M1受容体遮断 | >1000 |
H1受容体遮断 | >1000 |
D2受容体遮断 | 1.68 |
5HT2A受容体遮断 | 2.03 |
α1受容体遮断 | 47.9 |
ラツーダは、M 1遮断作用やH1遮断作用はほぼ無い。D2遮断作用はki値1.68、5HT2A遮断作用はki値2.03で強めだが、α1遮断作用はki値47.9で中等度になっている。
鎮静作用については、H1受容体への作用が一番影響する。ラツーダは、H1受容体への作用はほぼない。
けれど、他のD2、5HT2A、α1受容体への作用によって、少しだけ鎮静作用が起こっているかもしれない。
総合的に、ラツーダの鎮静や眠気は、中等度かやや低めと言われている。
不眠(不明)
何の作用だかわからないが、「中途覚醒をする」人がやや多いらしい。「寝つきは良いが、午前2時頃とかに起きてしまう」人がいるらしい。
フェーズ3の副作用データ
まとめとして、フェーズ3試験で出た副作用のデータを書いておく。2.0%以上の患者に生じた副作用は次のようになっている。
副作用 | ラツーダ40mg |
頭痛 | 4.0% |
アカシジア | 4.0% |
眠気(傾眠) | 2.8% |
不眠症 | 3.6% |
統合失調症(陽性症状等) | 4.0% |
アカシジアが4.0%の患者に出ている。少しあるかもしれない。
眠気が2.8%の患者に出ていて、不眠が3.6%の患者に出ている。不眠の方がやや多い。鎮静的というより、若干賦活的な薬かもしれない。
陽性症状の悪化が4.0%の患者に出ている。陽性症状への効き目は、特に症状が重い患者には足りないかもしれない。
体重増加は、平均0.11kg増加で、プラセボと変わらなかった。
ラツーダの効果と副作用のまとめ
抗うつ効果は、そこそこあるかもしれない。
陽性症状への効果は、やや弱い。
錐体外路症状やアカシジアは、少しあるかもしれない。
体重増加は、少ない。
眠気、鎮静は、普通位かやや少なめ。
不眠は、寝つきは良いが、中途覚醒がある人がいる。
有効性(統合失調症、メタ分析)
このセクションでは、ラツーダの有効性について書く。
ラツーダを含めて抗精神病薬の有効性は、メタ分析という手法で算出されたりする。
メタ分析では、何百という臨床試験や治験の結果を統合して、有効性がどれくらいか計算される。
メタ分析は、フェーズ2やフェーズ3などの個別の臨床試験よりエビデンスとして強いものとなっている。
この有効性の節では、2019年にマクシミリアン・ハーンらによって行われた、メタ分析の結果を見て、ラツーダの統合失調症への有効性を考えてみる。
全般的な効果
まず、2019年のメタ分析で、PANSS合計スコアの効果量は、次の表のように出た。
PANSS合計 | 効果量 | ||||||
クロザピン | 0.89 | ハロペリドール | 0.47 | シクレスト | 0.39 | ||
ソリアン | 0.73 | クロルプロマジン | 0.44 | ラツーダ | 0.36 | ||
オランザピン | 0.56 | セロクエル | 0.42 | カリプラジン | 0.34 | ||
リスパダール | 0.55 | エビリファイ | 0.41 | イロペリドン | 0.33 | ||
インヴェガ | 0.49 | ジプラシドン | 0.41 | レキサルティ | 0.26 | ||
ドグマチール | 0.48 | セルチンドール | 0.40 |
ラツーダのPANSS合計スコアの効果量は、0.36となっていて、あまり有効性が大きくないグループに入っている。シクレストの0.39より劣り、カリプラジンの0.34より少し勝る程度だった。
ラツーダは、陽性症状、陰性症状、その他の症状などの全般的な有効性を見た場合、あまり大きくはないようだ。
陽性症状への効果
次に、ラツーダの陽性症状への効果に絞って見ていく。
メタ分析におけるPANSS陽性スコアの効果量は、次の表のようになっている。
PANSS陽性 | 効果量 | ||||||
ソリアン | 0.69 | ハロペリドール | 0.49 | ラツーダ | 0.33 | ||
クロザピン | 0.64 | シクレスト | 0.47 | カリプラジン | 0.30 | ||
リスパダール | 0.61 | ジプラシドン | 0.43 | イロペリドン | 0.30 | ||
クロルプロマジン | 0.57 | セロクエル | 0.40 | レキサルティ | 0.17 | ||
オランザピン | 0.53 | セルチンドール | 0.40 | ||||
インヴェガ | 0.53 | エビリファイ | 0.38 |
ラツーダの陽性症状への有効性は、効果量が0.33となっていて、あまり大きくない。
エビリファイの0.38より劣り、カリプラジンの0.30やイロペリドンの0.30に近い。
ラツーダの陽性症状への効果は、それ程高くないようだ。
陰性症状への効果
次に、ラツーダの陰性症状への効果に絞って見ていく。
メタ分析におけるPANSS陰性スコアの効果量は、次の表のようになっている。
PANSS陰性 | 効果量 | ||||||
クロザピン | 0.62 | インヴェガ | 0.37 | ハロペリドール | 0.29 | ||
ソリアン | 0.50 | クロルプロマジン | 0.35 | ラツーダ | 0.29 | ||
オランザピン | 0.45 | エビリファイ | 0.33 | レキサルティ | 0.25 | ||
シクレスト | 0.42 | ジプラシドン | 0.33 | イロペリドン | 0.22 | ||
セルチンドール | 0.40 | カリプラジン | 0.32 | ||||
リスパダール | 0.37 | セロクエル | 0.31 |
ラツーダの陰性症状への有効性は、効果量が0.29となっていて、あまり大きくない。ハロペリドールと同程度であるようだ。
ラツーダの陰性症状への効果は、それ程高くないというメタ分析の結果になっている。
コメント
ラツーダは、全体的に効果も副作用も少なめの薬といったところだろうか。
ラツーダは、統合失調症への有効性という側面で見たら、あまり良い薬ではないかもしれない。でも抗精神病薬は、統合失調症への有効性だけで選ばれるのではない。
双極性障害のうつ状態にも効果があるかもしれないし、また、副作用がその人にどう出るかも重要。
それに、統合失調症の症状が安定している人に対しては、もしかしたら良い薬かも知れない。
なので、ある人にとっては、良い薬かもしれない。
有効性は低いというメタ分析の結果だった。だが、選択肢を拡げるという意味で、もちろんラツーダの存在価値は大いにあるだろう。
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