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はじめに
統合失調症の治療というと、多くの人がまず思い浮かべるのは、抗精神病薬による薬物療法だと思います。
もちろん薬物療法は、統合失調症の治療で非常に重要です。しかし、薬以外にも治療の選択肢があります。その一つが、「認知行動療法(CBT)」という非薬物療法です。
英国のNICE(英国立医療技術評価機構)のガイドラインでは、精神病や統合失調症の人にCBTを提供することが推奨されています。
ところが日本では、統合失調症のためのCBT、つまり、CBTp (CBT for Psychosis)は、まだあまり知られていないと思います。
そこで今回は、
「統合失調症のCBT(CBTp)では何をするのか」
「実際に、どのくらい効果があるのか」
「今後、日本ではもっと利用されるようになるか」
「どんな限界があるのか、今後どうなっていくのか」
について、紹介したいと思います。
なお、CBTは基本的には、薬物療法などと組み合わせて使われる治療で、薬を自己判断でやめるための治療ではありません。
CBTでは何をするのか
まず、CBTとはどのような治療なのでしょうか。
認知行動療法では、起きた出来事そのものだけではなく、それを自分がどう受け取ったか、その結果、どんな感情や行動が生じたのかを整理していきます。
例えば、外出している時に、近くにいた人たちが、笑ったとします。その時、
「自分のことを笑っている」
「自分の悪口を言っている」
と考えたとします。
そうすると、不安や恐怖が強くなって、その場所から逃げたり、次第に外出そのものを避けるようになったりするかもしれません。
統合失調症に対するCBTでは、こうした時に、
「その考えは妄想だから間違っている」
と、治療者が一方的に否定するわけではありません。
「そう考えた根拠は何だろう」
「ほかの可能性はないだろうか」
「どのくらい確信しているだろう」
「実際に確かめる方法はあるだろうか」
といったことを、本人と治療者が一緒に検討していきます。
そして、考え方だけではなく、
「どうすれば不安を減らせるか」
「どうすれば避けていた行動を、少しずつできるようになるか」
といったことも考えていきます。
つまりCBTは、単に「前向きに考えましょう」という治療ではありません。また、幻聴や妄想を無理に否定する治療でもありません。
本人が経験していることを尊重しながら、苦痛を減らしたり、別の対処方法を身につけたり、生活しやすくしていく治療です。
CBTは本当に効果があるのか
では、CBTは、本当に統合失調症に効果があるのでしょうか。ここについては、かなり多くの研究が行われています。
複数の研究結果をまとめたものに、メタ分析があります。複数のメタ分析を、さらにまとめたものにアンブレラレビューがあります。
あるアンブレラレビューでは、全般的な精神症状、妄想、幻覚などについて、小から中程度の効果が報告されています。つまり、
「CBTを受ければ、統合失調症が劇的に治る」
というほど、大きな効果が確認されているわけではありません。しかし、多数の研究結果をまとめても、一定の上乗せ効果が確認されている心理療法です。
そして、CBTの目的は、症状そのものをなくすことだけではありません。
例えば、幻聴が完全になくならなくても、
「幻聴を、以前ほど怖がらなくなる。」
「声に言われたことに、毎回従わなくなる。」
「外出できるようになる。」
「自分がやりたい活動を、少しずつ取り戻していく。」
こうした変化も重要です。英国のNICEのガイドラインでも、CBTの治療内容は、症状への別の対処方法を身につけたり、苦痛を減らしたり、機能を改善したりする事とされています。
海外では使われている。でも日本では?
こうしたCBTは、海外ではすでに、統合失調症治療の選択肢としてガイドラインに載っています。
特に英国では、精神病・統合失調症の人にCBTを提供することが、NICEのガイドラインによって推奨されています。
英国の早期精神病介入サービスの2023年度から2024年度の監査でも、CBTp (CBT for Psychosis)を実際に利用した人は、およそ半数でした。男性では46%、女性では56%となっています。
ただしこれは、英国の統合失調症患者全体の数字ではなく、早期精神病介入サービスを利用している人たちについての数字です。
一方、日本ではどうでしょうか。日本でも、CBTpそのものが存在しないわけではありません。
2023年には、AMED(日本医療研究開発機構)の研究班によって、日本語の「統合失調症/精神症の認知行動療法マニュアル」が作成され、公開されています。
また、日本では、ビデオ通話を利用したCBTpの研究なども行われています。
2025年には、日本の統合失調症患者を対象とした、7回に渡るビデオ会議形式CBTの予備試験も実施されています。
ですから、日本でも少しずつ、CBTpを利用しやすくするための取り組みは行われています。
ただ、現時点では、英国のように多くの人が当たり前に利用できる治療になっているとは言いにくい状況です。
今後、日本でも薬物療法以外の治療選択肢として、もっと知られるようになっても良いように思います。
CBTにも限界がある。そして今後は?
ただし、ここまでCBTの良い面を紹介してきましたが、良い結果だけを見るのも正確ではありません。
2024年に発表されたアンブレラレビューでは、CBTの治療終了時点での効果は確認された一方で、その効果が長期的に維持されるかについては、エビデンスが弱くなっていました。つまり、
「CBTを受けて改善したとして、その効果がその後も長く続くのか」
については、まだ不確実な部分があります。
このアンブレラレビューの研究では、こうした結果を踏まえて、統合失調症に対するCBT治療のガイドラインの推奨をより具体的に再検討する必要があることが指摘されています。これは、
「CBTには、効果がなかった」
「CBTを、やめるべきだ」
という意味ではありません。むしろ、
「どんな人に」
「どんな症状や、問題を対象として」
「どのような方法で行えば、一番効果的なのか」
を、もっと詳しく検討していく必要があるということです。そして今後の方向の一つとして、CBTを他の心理社会的治療と組み合わせる方法があります。
例えば、CBSSTという方法があります。これは簡単に言うと、CBTに、SST(ソーシャルスキルトレーニング)を組み合わせた方法です。つまり、社会技能訓練や問題解決訓練などを加えます。
CBSSTでは、物事の捉え方や行動を扱うだけでなく、人とのコミュニケーションや日常生活で必要になる具体的な技能も練習していきます。
CBSSTについては、治療終了後にも、機能面などの改善が長期間維持されたという研究結果があります。
ただし、CBSSTについてはCBTほど、研究の蓄積が多いわけではありません。ですから、
「CBTより、CBSSTの方が優れている」
「これから、CBTがCBSSTに置き換わる」
とまでは、現時点では言えません。
今後は、CBTそのものを個人に合わせたり、必要に応じて、SSTなどの心理社会的治療を組み合わせたりする方向も重要になっていくのではないかと思います。
まとめ
統合失調症に対するCBTは、万能な治療ではありません。効果は基本的に小から中程度で、長期的にどこまで効果が維持されるのかという課題もあります。
それでも、多くの研究によって一定の効果が確認され、英国などでは治療ガイドラインにも明確に位置づけられています。
そして日本でも、CBTpのマニュアルが作られ、オンラインで行う研究なども始まっています。
統合失調症の治療では、薬物療法が非常に重要です。しかし、治療は薬だけではありません。CBTやSSTなど、薬とは違う方向から回復を支える方法もあります。
こうした非薬物療法についてももっと多くの人が知り、必要な人が利用できるようになってほしいと思います。